浮世絵・錦絵の作り方【江戸時代後期(1790~)】|制作工程・分業システムについて解説

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2025.01.20

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浮世絵(錦絵)が人々に届くまで(浮世絵製作構想から販売まで  江戸時代後期(1790~))

浮世絵版画の錦絵は、江戸時代後期に黄金時代を迎えました。錦絵がどのように製作されて人々に届けられるかを述べたいと思います。

浮世絵制作の分業体制

浮世絵版画は、分業によって完成されます。次のような職種の方たちがいました。

版元

浮世絵版画を企画、製作、販売するところ。プロヂューサーの役目を果たしています。
例えば、「仙鶴堂・鶴屋喜右衛門」、「永寿堂:西村屋与八」、「耕書堂・蔦屋重三郎」などです。

絵師

版元と相談しながら絵を描く人。絵師は、才能を発揮して、購買層が喜ぶ絵をめざします。
例えば、喜多川歌麿、葛飾北斎、菱川師宣、安藤広重、東洲斎写楽です。

彫師

彫師は、絵師が描いた版下絵を版木に貼り、彫って墨版を作り、その後、絵師の色指定にしたがって色版を彫ります。

摺師

彫師が彫った墨版と色版を受け取り、順に紙に摺り完成作品にします。

浮世絵の制作工程

それでは、版元、絵師、彫師、摺師がどのように役割を分担して、錦絵を完成させていったのか図で説明していきたいと思います。この図は江戸時代後期(1790年以降)のものです。なぜなら、1790年以降、幕府の法令で検閲により出版の許可をとらなければならなくなったからです。1790年以前は⑤、⑥がなくてもよかったと考えても良いでしょう。

    版元が絵師に依頼。時によっては絵師と相談してテーマを決めることもある。

    絵師が筆で「下絵」を描く。下絵ができると版元と話し合うことも多い。そして絵師が納得いくものができると「版下絵」まで製作して版元に提出することもある。

    版元は絵師に「下絵」について要望等を出す。

    「版下絵」を完成させ版元に渡す。
「版下絵」とは下絵を薄い紙に写し取るようにして墨線をいれ、黒くしたいところは墨で塗りつぶし、「ぬり絵」のような墨絵である。彫師が彫る際の重要な原画となる

    版元が出版したいと決めると、江戸幕府の法令に従い、名主、行事という役に付いた人の検閲を受ける。
1790年の法令では許可の下りた「版下絵」には「改印」がおされるようになった。

    幕府より検閲許可がおりる。

    版元から彫師へ依頼。彫師は「改印」を彫る。絵の彫が始まる。浮世絵の版木に使用される木は山桜である。
彫師は版下絵を版木の上に裏返しにしてはり、「墨版」を彫る。

    墨版を絵師に見せる

    「校合摺(きょうごうずり)」(絵に使用する色数分の墨摺り(10枚ぐらい))を摺師にすってもらう

    絵師は「校合摺(きょうごうずり)」を受け取ると、1枚に1色ずつ色を入れたい部分に朱色を塗り、色を指定する。「色さし」

    「色さし」が完了した校合摺が彫師に渡され、「色版」を彫る。

    墨版とすべての色版が彫られると摺師に渡される。

    絵師が立ち合い初摺をする。初摺りは200枚ぐらいと言われている。この時絵師は色のニュアンスやぼかしなどの要望もする。初刷りを版元に届ける

    版元は、人々に販売する。販促活動などし、売れ行きの良いものは増摺されました。

 

このようにして、それぞれの仕事を専門的にこなすことによってよりクオリティの高い作品が、より早く、より安く人々に提供されることとなったのです。

参考文献

北斎と広重 富嶽三十六景への挑戦 小川周子 岩崎茜
ぶらり謎解き浮世絵散歩      牧野健太郎
はじめての浮世絵1        深光富士男 
はじめての浮世絵2        深光富士男 
はじめての浮世絵3        深光富士男 
おはなし名画シリーズ葛飾北斎   小澤弘 
おはなし名画シリーズ北斎の富   小澤弘 

 

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